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CTインタビュー

重要なのはITよりマーケッター
完全プル型営業で若年知識層を攻める

石井 茂氏
ソニー銀行代表取締役社長

石井 茂氏Photo

昨年6月以降、Webを活用した資産管理ビジネスを推進し、他のネット専業銀行との
差別化を打ち出してきたソニー銀行。定期昇給の廃止やペイオフ解禁などで個人の
資産運用機運が高まるなか、外貨預金や投資信託をはじめとする投資情報を積極開示し
完全プル型営業を展開、都市在住の30〜40代知識層取り込みに注力する。
「顧客情報をむやみに収集、分析する前にまずはデータの適正な抽出基準を特定できる、優秀な
マーケッターが不可欠」と強調する石井茂社長は、メイン顧客掌握に向け堅実な歩みを進める。

  現在3000万人強といわれる国内インターネット人口のうち、御社をはじめジャパンネット、イーバンクといったネット専業銀行の全ユーザーは数%程度にとどまっています。背景をどうみますか。

石井 Webを活用した金融ビジネスの安全性が、まだ十分認知されていないということだと思います。インターネットを熟知した方であればセキュリティ上、ネットがどのようなものかを認識できるでしょうが、現状はまだほとんどの方が実店舗を持たない銀行に懐疑的になっているのではないでしょうか。

  御社はWeb上での資産運用を事業の柱に掲げ、決済サービスに重きを置く他の2行とは一線を画しています。サービス開始後1年以上経過して、顧客特性は明らかになってきましたか。

石井 端的に言うと情報に敏感な都市、とりわけ首都圏在住の30〜40歳代です。彼らは知的で好奇心旺盛ゆえにITと金融双方のリテラシーが高い。預金や投資信託にも積極的ですが、住宅や子供の教育などの費用がかさむため借り入れもしなければなりません。
 これを受け、当社はローン商品の充実も図っています。その意味では、資産運用でなく資産管理という表現が適切です。口座数は現在約10万、預金残高にして約1200億円を獲得しています。

  単純に1口座当たり120万円という計算ですね。他のネット専銀と比べケタが違うことからみて、やはり資産運用に関心の高い層が集まってきたといえるのでしょうか。

石井 明らかにそうです。3月末時点で総預金残高の約14%を外貨預金が占めていますから。外貨預金というのは、Webの特性が最も活かされた商品なんです。24時間取引ができ、我々も顧客の全注文をリアルタイムで把握できるため、非常に低コストでリスクヘッジができます。ちなみに都銀だと総残高の1%前後に過ぎず、他のネット専銀は実施していません。また、投資信託も現在約30億円の残高を保持しており、ネット証券会社に比べても遜色ありません。

20席規模のカスタマーセンター
プロモーション直後に増員体制敷く

  しかし、Webで資産管理といっても初心者は戸惑ってしまいますよね。サポート体制はどう確立しているのですか。

石井 電話とEメールに対応した20席規模のカスタマーセンターを自社で運営しています。オペレータは約30名で、プロモーション直後に申込み数が増えそうな時期は増員できる体制を敷いています。現状は口座開設や為替レートのチェック方法が分らないなど基本操作の問い合わせを中心とするインバウンド業務に特化しています。

  従来の銀行は、ネットバンキング事業においても投資相談窓口を設け、実店舗に誘導する施策を採っています。Webに特化する御社も、今後はファイナンシャルプランナーのような専門家をセンターに待機させ、顧客の収入やライフプランに見合った投資ファンドを推奨するなど、サポート体制の強化を図るのでしょうか。

石井 リスクを恐れず果敢に資産を増やそうという風土を持つ米国であれば対応可能でしょう。実際、年間約3000ドルの料金でネットと電話双方で投資相談に応じるサービスを知っています。しかし、リスクをとるのが苦手な日本で投資商品を薦めるには、よほど注意しないとトラブルを起こしてしまう。金融商品というのは当然損することもあるわけで、投資リターンの見通しにしても顧客との間に微妙な誤差が生じたりします。ですから対応の仕方としては、コンサルティング業務を完璧にこなせる高いスキルを持ったスタッフを採用するか、もしくはお客様自身に満足する情報を集めてもらい、完全“プル型”の体制で販売するかのどちらかしかないと考え、結果として当社は後者を選択しました。むろん、為替レートをリアルタイムで表示したり、投資ファンドの運用方法を明確に定義するなど、情報のディスクローズは怠りません。ただ、新商品がリリースされるや、即レスポンスを得られるところから判断すると、やはり相対的にリテラシーの高いお客様が集まっているといえるでしょう。

コンセプトに納得してもらう点で
松井証券の顧客層と類似

  ある意味で、証券マンの話など初めから信用しないようなセミプロ体質の顧客を扱う松井証券と共通のスタンスと考えていいのでしょうか。同証券は、口座数が比較的少数ですが、極めて高い顧客回転率で収益を拡大してきました。

石井 当社の場合、そこまで短期的売買をするお客様の割合が高いとは考えていません。JPモルガンのソフトウエアをカスタマイズし、初心者向けに個人資産運用のシミュレーションツールをサービスメニューに盛り込んだのはそのためです。これは画面上で貯蓄額や年収、家族構成などを入力すると人生設計に沿った資産配分をグラフ化して表示してくれるもの。自己責任の時代に、一般の個人の方々に財務戦略への意識を高めて頂こうと導入しました。ただ、実際には皆さん自信をお持ちで、こんなツールは要らない、自分で判断して投資先を選別するという方が多いようです。仮に松井証券との類似点があるとすれば、お客様があくまで当社のコンセプトに納得して口座を開設しているという点です。顧客アンケートを取っても全体の7〜8割はご満足頂いているという結果が出ているほどです。

マーケッターの採用を優先し
マイニングツール導入を見送る

  顧客のITや金融リテラシーの高さを考慮すると、ワン・トゥー・ワンマーケティングをはじめとするアウトバウンド機能の強化もさほど必要ないということでしょうか。先の試算運用シミュレーションツールにしても預金口座開設時とは別ログイン扱いにし、特定顧客へのリンク付けは行っていないそうですね。タイムリーに住宅ローン商品など推奨するEメールを送る際には最適なツールだと思うのですが。

石井 Webでビジネスを行うわけですから、当然ワン・トゥー・ワンマーケティングは視野に入れています。ただこの点については、個人情報の開示面でお客様の理解がどこまで進むかにかかっていると思います。例えば、お客様から当社でカードローンを申し込んだ矢先に全く知らない消費者金融から案内のメールが届いた、情報が漏洩しているのではないか、といったクレームを頂いたことがあります。その後、全く偶然だとご理解頂いたのですが、仮にデータを無断で転用しているとの間違ったイメージが定着してしまえば、金融機関としての信頼が大きく損なわれることになります。過度に神経質になるつもりはありませんが、個人情報の収集についてはもう少し機が熟すのを待ちたいと考えています。

  ただ、口座開設時には年齢、氏名、性別、職業といった基本情報を登録してもらうはずです。こうした基礎情報をもとにどの種の顧客が外貨預金残高が多いとか、特定ファンドへの関心が高いといった分析も行わないのですか。

石井 そうしたビジネスの基本となるお客様のプロファイリングは行いますが、当面の目的はどの類の媒体に広告を打つのが効果的かといった判断材料を得る程度にとどめています。勘定系システムと顧客データベースを連携し、デーマイニングツールを稼働させるといったインフラ構築は今のところ行っていません。
 実は、データマイニングについては、当初優れた解析ツールさえインストールすれば、あとはデータの抽出から分析までオールマイティに何でもこなしてくれると大変な勘違いをしていたのです。既存システムにおいても特定の属性をお持ちのお客様を抽出しEメールを発信することはできますが、本当に重要なのは、データの抽出条件の品質です。結局データマイニングの成功例をあまり聞かないのは、こうした基準を特定する優秀なマーケッターが不在だからではないでしょうか。
 以前もベンダー数社とお話して、顧客情報をExcelシート上で集計し、分析も容易にできるツールがあることは良く理解できたのですが、結局マーケッターの採用が先決と、実装を見送りました。

  アウトバウンド機能の強化は満を持してからとなると、当面はプル型営業でリテラシーの高い30〜40歳代の年齢層を取り込む戦略に徹するということですね。しかし、そうした層は一般的な資産家層とは異なります。1400兆円といわれる個人金融資産の大半を保有する中高年層取り込みについてはどのように考えますか。

石井 中長期的な時間軸の中で考えます。金融商品に限りませんが、マーケティングとは若年層からスタートし、徐々に年齢層を上げて市場を拡大していくというのが常套手段です。マラソンにたとえれば、今来ているのはトップランナーであり、さらにボリュームの大きい後続ランナー群の顔はまだ見えません。というより、我々はまだトップ集団を捉えきれておらず、このマーケットでドミナント(優勢)になるのが早急の課題だと考えています。そもそも当社にとって預金を預けていただき借り入れもされるという意味で、最も効率的なお客様は30〜40歳代の方々ですから。
 その点、今後は旭化成と提携した住宅ローンを皮切りに無担保の目的別ローンなど新商品を相次ぎリリースし、1年間で預金残高を3,000億円まで伸ばす方針です。お客様とのリレーションを深めるCRMへの取り組みは、その次のフェーズになります。

(聞き手・高橋本成)

石井 茂  (いしい しげる)
ソニー銀行 代表取締役社長

1978年4月、山一證券入社
同年5月、山一証券経済研究所
1985年9月、エール大学ビジネススクール(留学)
1987年7月、山一証券経済研究所 證券調査部
1993年2年、山一證券 企画室次長
1994年6月、企画室 秘書役
1996年6月、企画室部長
1998年3月、山一證券退社
同年6月、ソニー 財務部
1999年12月、金融サービス事業準備室 室長
2001年4月、ソニー銀行 代表取締役社長に就任


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